« ka-ka-shi_House---東の壁・西の壁 | メイン | 静岡ツアー 帰りの車窓から »

2007年10月27日

「走ることについて語るときに僕の語ること」---村上春樹

[books ]

「走ることについて語るときに僕の語ること」
著:村上春樹 出版:文芸春秋
amazon

村上春樹は長距離を走ることを趣味としています。新刊であるこのエッセイでは「走る」ことについて語っています。自分が「走る」と言うことについて語るとすれば、そこで「何を」語るのか、という自問自答が本書のタイトルです。ですから、ただ、走ったというような話ではなく、語りながら、自らの人生哲学にふれるといった、実に読みごたえのある一冊になっています。
私は、これらのエッセイを読んでいて、長距離を走ると言うこと、長編小説を書くと言うことを、私の仕事である建築設計に重ねて考えました。それは、設計も長編小説も長期的な集中力が必要とされる仕事ということで、やはり共通点も多いからなんだと思いました。

設計は、クライアントとの対話から、最初のスケッチ、そして徐々に具体的なイメージにすすみ、最終的には現実のものとして完成するまでの作業ですから、一般的な住宅でも、ヒアリングから完成まで1年ほどかかります。その間、集中力を途切らせずにひとつのかたちにまとめてゆくのが我々の仕事ですから、これは長編小説を書く仕事にとても似ているのではと思うのです。

これだけ、長い時間関わるのですから、誰とでも出来るという仕事とはいえません。お互いの相性が大切と良く言われますが、それはこうした長い時間を共有することが必要だからですね。

一方、村上春樹は、走ることに関連して、お店を経営していたときに考えていたことを次のように振り返っています。

「みんなにいい顔は出来ない」、平ったく言えばそういうことになる。 店を経営しているときも、だいたい同じような方針でやっていた。店にはたくさんの客がやってくる。その十人に一人が「なかなか良い店だな。気に入った。また来よう」と思ってくれればそれでいい。十人のうちの一人がリピーターになってくれれば、経営は成り立ってゆく。逆に言えば、十人のうち九人に気に入ってもらえなくても、べつにかまわないわけだ。そう考えると気が楽になる。しかしその「一人」には確実に、とことん気に入ってもらう必要がある。そしてそのためには経営者は、明確な姿勢と哲学のようなものを旗じるしとして掲げ、それを辛抱強く、風雨に耐えて維持していかなくてはならない。それが店の経営から身をもって学んだことだった。

これは実は小説の質を向上させてゆくことと平行的に語られています。十人に一人のフアンにとことん気に入ってもらうためには、そのように、集中力を持続して、自らのつくり出すものの質を持続的に向上させるなくてはならない。
そのためには、規則正しい生活と基礎的な体力が必要である、と村上春樹は考えました。
そしてそのために走ることを選んだのですね。

村上春樹は「羊をめぐる冒険」を書くときに、お店をたたんで専業小説家になったわけですが、お店を経営していた時のスタンスをそのまま小説家としてもバトンタッチして生きているわけです。

十人に一人のフアンにとことん気に入ってもらえるようにがんばるということ。この本を読んで、私の仕事もそこに通じるものがあるのではと思いました。自分も十人に一人のフアンの気持ちをしっかりと掴めるようにがんばろうと思いながらこの本を閉じました。


※新しいホームページで情報更新中!!

投稿者 furukawa_yasushi : 2007年10月27日 00:00

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://af-site.sub.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/1373

コメント

ああ、この本私も読みたいと思っていました。

旗印をあげた信念の維持に必要な意志の力は第一に体力だと、一昨日行った気功教室でも話題に上っていました。背筋(特に背中の脾愈(ひゆ)というツボあたり)がしゃんとしている人は意志も強い、ということは、そこを意識的に鍛えると逆に意志も強化されるんでしょうかね。
背筋を伸ばして生きていきたいもんだなあ。

投稿者 iwaki : 2007年10月27日 08:07

iwaki さま
この本は、読んで損のない本だと思います。
本を読むことを損得で考えるのはおかしいのですけれども
読むといろいろなことを考えさせられます。
そして、どうしても意識と体を別々に考えがちな我々ですが
ひとりの人間ですから別のはずもなく、そういうあたりまえのことをちゃんと受け取ることの大切さも、この本の主題のような気がします。

投稿者 fuRu : 2007年10月28日 22:15

fuRuさん、こんにちは。
先日、カフェ杏奴で勧められましたが、まだ買っていません。
そのかわりにといってはなんですが、内田樹さんの『村上
春樹にご用心』を、通勤電車のなかで読んでいま~す。
ほとんどが、彼のブログに書かれたものなので、すでに読ん
でいますが、こうやってまとめて読むと、これはこれで良いも
のですね~。いろいろ刺激になります。

投稿者 わきた・けんいち : 2007年10月29日 10:24

わきた・けんいちさま
内田さんの本はチェックしていますよ。
いま読んでいる本が終わったら、と言う感じで、いまから楽しみにしています。
内田樹さんの切り口は、村上春樹への拒絶反応を分析していて面白いですね。

投稿者 fuRu : 2007年10月29日 10:37