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2007年10月17日

「楽園」---宮部みゆき

[books ]

「楽園」
著:宮部みゆき 出版:文藝春秋
上→amazon、下→amazon

「模倣犯」の続きではありませんが、前畑滋子が登場して事件の真相に迫ります。
ただ、続きではないと書きましたが9年前の事件(「模倣犯」のこと)は小説全体に暗い影を落としています。
この小説、コピーなどを読むと超能力を持つ少年の話かと思ってしまいますが、さにあらず。かつての「魔術はささやく」「龍は眠る」「クロスファイヤ」のような超能力が中心のストーリーではなく、あくまでも小説は「家族」の有り様を浮き彫りにしており、今時の「家族の肖像」になっているのは、さすが宮部みゆきというところでしょう。
<以下、小説の内容にふれます>

印象的だった部分を引用してみます。

「あなたもーーー」と、高橋弁護士は言った。表情は和らいでいて、口調も穏やかだ。「過去に一度は大きな犯罪と渡り合ったことのある人だ。わかるでしょう?こういうことでは、全部がすっきり割り切れて、全員の気持ちが落ち着くなんてことはあり得ないんです」 「それを理想とすることも、いけませんか」 「いけませんね」即答だった。「誠子さんには、これからの人生で、長い時間をかけて整理をつけてもらうしかない。他人が救うことはできないし、誰かの告白で何かが解決するということもないんです」(下巻194頁)

いわゆるサスペンス、探偵小説では、事件は解決しそれで終わりになります。しかし、宮部はそこで終わることはないと言っているのです。終わらない事件、終わりっこない事件。終わらないということをしっかりと意識し話の中に盛り込むのです。そこにこそ、人生がある。宮部が描きたいことは事件を通して人間という存在そのものを描くこと。だから彼女の小説は読む人の心を捉えるのだと思います。

ーーー身内の中に、どうにも行状のよろしくない者がいる。世間様に後ろ指さされるようなことをしてしまう。挙句に警察のご厄介になった。そういう者がいるとき、家族はどうすればよろしいのです?そんな出来損ないなど放っておけ。切り捨ててしまえ。前畑さんはそうおっしゃるのですか。
そして、次のように続ける。
誰かを切り捨てなければ、排除しなければ、得ることのできない幸福がある。 滋子には馴染みのない、良くできた物語のようにしか思えない海の向こうの宗教は、人間は原罪を抱えていると説く。神が触れることを禁じた果実を口にして、知恵を絞り恥を知り、しかし、それによって神の怒りに触れ、楽園を追放されたのだという。 それが真実であるならば、人びとが求める楽園は、常にあらかじめ失われているのだ。 それでも人は幸せを求め、確かにそれを手にすることがある。錯覚ではない。幻覚ではない。海の向こうの異国の神がどう教えようと、この世を生きる人びとは、あるとき必ず、己の楽園を見出すのだ。たとえ、ほんのひとときであろうとも。(下巻350頁)

ここに「楽園」というタイトルの意図が明かされる。
しかし、この「楽園」という言葉は宮部の次に続く言葉でとてつもなく重く響きわたる。

”山荘”の主人、網川浩一でさえも、きっときっとそうだった。 血にまみれていようと、苦難を強いるものであろうと、秘密に裏打ちされた危ういものであろうと、短く儚いものであろうと、たとえ呪われてさえいても、そこは、それを求めた者の楽園だ。 支払った代償が、楽園を地上に呼び戻す。(下巻351頁)

楽園という小説は、深く深く、重く重く、響き渡る。


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投稿者 furukawa_yasushi : 2007年10月17日 10:00

コメント

深いですね、宮部先輩。。
私の高校の1年先輩です。
中学の先輩は布施明で、小学の先輩は木の実ナナです。
大学の著名な先輩はいまcen。。なぜなのか?は言えません。
でも、楽園でした。。

投稿者 cen : 2007年10月17日 16:19

cen さま
深いですねえ、宮部さん。
そうでしたか、一つ先輩ですか。
とするとcen さんは私よりも△歳年上ということになりますね。
って、そんなことはどうでも良いのですが
cen さんの「楽園」がどのようなものだったのか、気になります。σ(^_^;)

投稿者 fuRu : 2007年10月17日 16:50