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2008年05月07日

水無瀬の町家と抽象的で自立した空間

[建築--architecture ]

隣接して新築されたANNEX(別棟)とともに「水無瀬の町家」を見学させていただく機会を得ました。
私がこうして、建築設計の仕事を、それも住宅中心に営んでいるのは、学生時代に端を発しています。それは、その時に坂本一成先生に出会ったからと言っても過言ではないのですが、田舎から東京に出てきたばかりの私は「坂本一成」の名も知ることなく、ましてや「水無瀬の町家」も知りませんでした。建築学科の友人が「坂本一成」の名を特別な存在として告げ、一方、坂本先生は一年生の私には図学の先生として教壇に現れたのでした。
大学の最初の1年間はそういう意味で驚きの連続で、当時全盛だったポストモダンについてもまったく無知だった私も次第に現代建築というものに開眼。そのうちに坂本先生の言うこと書くことに耳をすませ眼を走らせる日々が続いたことを思い出します。
その坂本先生も私が3年生になるときに東京工業大学に移られ、ついには坂本ゼミの学生になることなく私は大学を卒業することになります。

当時、坂本先生は「家型」ということを言っておられました。その時の私の理解では「抽象化された家のイメージ」ということであり、その「家型」を求めることがデザインすることである、ということを教えられたと思います。

印象的だったのは「建築の設計というのはとても個人的な作業である」と坂本先生が言われたことです。
これは、「建築というのは社会的なものですから個人的なものではない」というのが一般的な考えかただと思いますが、実はそうではなく「ものをつくり出す原点は個人的な領域にあるのだ」という先生からのメッセージだと思っています。まずは個人の意識がなければ社会的な意識は生まれない、そういうことまで踏み込んで先生は言っておられたと思います。個人個人の中にある「家型」をそれぞれが探ってゆくことが大切だということです。

また、建築のデザインがいかに自立したものとなり得るのかということについても深い問いかけを受けていたと思います。それは「抽象的な空間」という言葉に集約されています。簡単に言えば素材や職人の腕に左右されない空間です。
左官の久住さんがやっておられた淡路のワークショップに参加したときに、瓦を焼き始めた山田脩二さんとお会いすることが出来て、その時に山田脩二さんは、職人の手仕事を拒否し抽象的に自立する世界を語ってくださいました。ちょうど、坂本先生のお名前もその時に出ていたことを覚えています。
職人の手仕事が悪いわけではありません。そうではなく、職人の手仕事の善し悪しに無関係な空間としての美しさがあるはずで、それを追求しなくてはいけない。それが出来ないのであれば建築家として自立していないということだったと思います。

確かに、建築家として何が出来るかということを、深く追求してゆくならば、実際にものをつくるわけではない設計者という存在が必要とされることを深く問うならば、我々に突きつけられた大きな問題としてそれは立ち現れるのです。

「抽象的なもの」とは「具体的なもの」と対比され、「現実的ではない」という意味にされてしまいそうですが、例えば言葉というものはきわめて抽象的な記号のシステムであり、その抽象的なシステムから、文学のように大変豊かなものが生み出されていることを考えると、「抽象的で自立した空間」という考え方は、実はとても現実的なものとしてあることに気がつきます。

そういえば、私の学生時代は記号論が建築の世界でも活発に議論されていました。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、今回「水無瀬の町家」を見せていただいて「抽象的で自立した空間」をはっきり見せていただいたという思いで帰ってきました。

荒々しいコンクリートの肌がそのまま内部の仕上げになっているこのお宅は、それを表現ととらえるとかなり過剰な空間で、表現主義的とも取られかねないのですが、実際に拝見させていただき、その空間に立ってみると、そこにある端正なプロポーションとスケール感で、言葉がうまく見つからないのですが「可愛い空間」と表現したくなる空間が見えてきます。これは、荒々しい表現主義とは正反対の印象です。このような正反対の印象を、いやいや、この端正な印象こそがこの「水無瀬の町家」そのものなのだということが実際に拝見するとよく分かります。ここには荒々しい仕上げの具象的な空間とは違う端正な「抽象的な空間」があったのです。

建築の可能性、建築を設計することとはどういうことか。
確かに素材感を生かしてという手法を私なども使いますが、素材感に頼らない空間としての強さ(それこそが「抽象的で自立した空間」)をつくることが出来るかどうかが、実は我々に課せられた職能なのではないかと、今更ながらに考えさせられた見学会でした。


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投稿者 furukawa_yasushi : 2008年05月07日 11:15

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