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2010年03月27日

「家守綺譚」---梨木香歩

[books ]

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「家守綺譚」
著:梨木香歩 出版:新潮社
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「西の魔女が死んだ」は「goma_House」の建て主さんに紹介されてDVDで観ましたが、原作の作者である「梨木香歩」さんのお名前もその時に知ったわけで、そうしたら、こんどは「suijin_House」のお宅にお邪魔した時に、この本があって「ああ、作者が梨木香歩さんだ」と感慨深く眺めていたら、ご主人が「お読みになりますか?」と差し出してくださった。

「西の魔女が死んだ」は原作を読んでいたので、この本を読み始めて、嬉しい驚きでした。同じ作者とは思えない、文体と空間。いやいや、こちらの方が彼女のメインであり、「西の魔女」は寄り道した場所なのかもしれません。

カッパが出てきて、隣の奥さんが「それはカッパです」と平然というあたり、時空間に不思議なねじれとゆがみが生じています。
ねじれとゆがみは時代の「しわ」でしょうか。

私たちは自分のいきている時代の地形については、まるで空気のように感じていて、たとえ急峻な崖があっても、それはフラット、まっ平らな平原と感じられたりします。私たちは。この時代の地形を空気のように吸い込みながら生活を続けているのです。
でも、それは、たまたまのこと。少し時間が離れて今を見れば、きっとうねり歪んだ地形が見えてくるはず。
そこで、必要なのは、私たちの想像力。
想像力を使うために、様々な「外」のものを使う。言葉は記録されて、私たちの「外」になり、タイムマシンのように次の時代に飛んできます。言葉を使った小説は、実は巧妙なタイムマシンなのかもしれません。

中沢新一の「アースダイバー」も、その意図は同じ。想像力を生かすために地形図と縄文期の海水面を想定すること。

だから、今の時代にカッパが生きているかと言われれば、それに対して「はい、生きています」ということは難しい。でも、ひょっとして、その昔、カッパが生きていて、私たちの生活を同じ時空間を共有していたらと、想像することは楽しい。決して、その楽しさは間違いではないし、その楽しさに潜む、なにやら柔らかい感性の素敵な響きは、杓子定規なリアリズムなんて吹き飛ばしてしまうくらいに陽気なものであるわけです。

故に私は、この小説を「楽しんで」読み通したのでした。

<蛇足>
泉鏡花と夏目漱石を足して2で割ったような小説空間です。
明治時代に生きた経験はない私にも明治の香りがしてきます。


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投稿者 furukawa_yasushi : 2010年03月27日 21:30

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