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2005年05月03日

「失踪日記」---吾妻ひでお

[books ]

「失踪日記」
著:吾妻ひでお 発行:イースト・プレス
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吾妻ひでおは、好きな漫画家の一人です。
彼のナンセンスさは、シュールだけれども過剰に世間離れしていないペーソスがあって好きです。
笑いの質としてはずいぶんと健全ですよね。
少年チャンピオンとか読まなくなって マンガもリアルタイムで追っかけなくなって、吾妻ひでおはいったいどうしているだろうかと、時々思い出してはいたんだけれども、本当に失踪していたんですね。

失踪してどうしていたのかというと
路上生活をしていたわけで、このマンガにはその様子が描かれています。
たまたま僕は、ポール・オースターの「ムーン・パレス」を読み終えたばかりだったので
主人公のマーコ・フォッグが公園での路上生活をしている姿を思い浮かべていました。


「ムーン・パレス」
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失踪するというのは社会からはみだすということでしょう。
失踪して、家から出て、家族からはなれて、そして路上生活を始める。

池袋のびっくりガードは僕の通勤路なんですが、
そこに一人のおじさんがいます。
そのおじさんは、冬が来る前まではずーっと、そこにいたんですが
冬の間、姿が見えませんでした。
毎日いる姿を見ないと、なんだかこちらも心配になってきますが、確かめる手だてもありません。
それが、ここのところ、また、暖かくなってきたからなのか、時々姿を見かけるようになりました。
ちょっと、ほっとしています。

このおじさん、時々、床屋さんに行っています。
道路に敷いた段ボールの上に、座っていたり横になっていたりするんですが
ある日、髪の毛がさっぱりして7−3分けのセットまでされている姿を見かけました。
それも、一度だけではありません。何回かさっぱりしたおじさんを見かけています。
なんだか、とても不思議な気分でその姿を見ていたのですが
その時に、自分が抱いた不思議な気持ちというものとは、いったい何なんだろうかと思いました。

働かなくては食べてゆけないのはあたりまえですが
働くという事は、誰かの役に立つということではないでしょうか。
僕らは働きながら誰かの役に立つという実感を得ているはずです。
それがなければ働くということのリアリティはないでしょう。
そして、働くという事のリアリティをなくした時に人は狂い始めるような気がします。

資本主義社会は会社の利益を増大させて資本を増大させてゆくことを目的とした社会です。
資本を投資した投資家の恩に報いるために会社を成長させるのです。
もちろん、会社の利益を増大させるためには、消費者の心を掴まなくてはなりませんから
たんなる利益至上主義にはならないはずなのですが、どうもそううまくはいっていないように見受けられます。

会社で働いている人も、働くということが、たんに会社の利益が目的なのだとしたら
その先にある消費者とのつながりを失っていることになります。
労働から消費者とのつながりが奪われること。これが最も致命的な搾取ではないでしょうか。
そして、リアリティをなくした労働とはいったいなんなんでしょうか?
チャップリンの「モダンタイムス」は、もうずいぶんと古い映画ですけれども
そこで指摘された問題は根本的には変わっていないと思います。
みんなが少しずつ豊かになったために「貧困」という問題は減りましたが
働くということからリアリティがうばわれていっている、そんな気がします。

(村上春樹が「アンダーグラウンド」を書くきっかけとして、サリンの被害に遭いながら目も見えずに会社へと急ぐサラリーマンの姿に感じた違和感をあげています。自らの生命の危機をもかえりみない日本のサラリーマンの姿。働くということが会社との関係だけで成り立っていることの不思議さがそこにはあると思います。)

さて、吾妻ひでおは、というと、路上生活から足を洗い
配管工事の現場労働をはじめます。
労働のリアリティへの激しい渇望。そんなことがあったのではないでしょうか。
この漫画がとても健全だと思うのは、労働というもののリアリティがちゃんと描かれているからです。

びっくりガードのおじさんは
自然体でそこにいるような気がします。
どうも、全く働いていないという訳ではないようです。
日雇いかもしれませんが、日々の稼ぎはあるのでしょう。
たまたま、仕事にあぶれた夜だけガード下で一夜を過ごしているような気がします。
そうした、生活の中で、床屋さんに時々行くのも
彼にとっての自然体なんでしょう。
だって、身だしなみというのは基本的には見栄や浪費ではないのですから。
おじさんをみて、不思議だなと感じた事も
考えてみれば、何の不思議もないことだと、とても自然なことだと思いました。
少なくとも、おじさんは働くという事のリアリティを感じることができる世界で、
そこに、びっくりガードの歩道の上に座っているような気がします。

生きているってなにか、ということ。
管理され、刑罰が与えられるから、間違いが少なくなる訳ではないはずです。
人間はパブロフの犬ではない。
働く事のリアリティを、ちゃんと感じながらみんなが働いているということ。
その大切さ。
それが充実した社会であれば
今回のJRような大惨事は、ひょっとしたら起きなかったのではないでしょうか。
そんなことにまで僕の考えはすすんでいゆきます。

投稿者 yasushi_furukawa : 2005年05月03日 00:00

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コメント

何だかとんちんかんなTBのようですが、ここに書いてある事を加えてOCNのスタッフにも読んで欲しいぞーの気持ちをこめて。ごめんなさいですー。

投稿者 kazoo : 2005年05月04日 08:23

kazooさん
僕のこの記事も、吾妻ひでおと何の関係もないような展開で、めちゃくちゃです。ね。
社会から逃げて路上生活をはじめた吾妻ひでおが、第2部で社会復帰するところが、この漫画の醍醐味、というか一番心を打つところ。社会とつながっていると言うことの大切さが実はこの漫画の一番のメッセージだと思って、こんなエントリーを書きました。
JRの問題は、民間ではありえない、なんて言う人もいますが、僕はそう思いません。民間であり得ないなら、三菱自動車はなんだ、ということです。
OCNもしかりですね。
ところで、kazooさんのところへは、今日は、割とさくさくアクセスできましたね。

投稿者 fuRu : 2005年05月06日 22:14

芸術新潮の今月号に、吾妻ひでおのインタビュー載ってました。このエントリー思い出しながら読みました。漫画はまだ読んでませんけど。
そうせざるを得なかった魂の奥底みたいなもの、感じました。皆持ってるんでしょうけど、普通封印してますもんねー。

投稿者 some ori : 2005年05月11日 02:44

some oriさん
>そうせざるを得なかった魂の奥底
これはたぶん、中沢新一が網野さんとの事を書いた
「僕の叔父さん 網野善彦」で書いていた
「飛礫を投げる衝動」に近いのかもしれないと
some oriさんのコメントを読んで思いました。
http://af-site.sub.jp/blog/archives/2004/12/post_185.html

投稿者 fuRu : 2005年05月11日 09:19

仕事が行き詰まることと、失踪との間にはふかい川があるように思います。

投稿者 本の虫 : 2006年01月17日 21:51

本の虫さん コメントありがとうございます。
仕事が行き詰まっても失踪したりはしませんね。
失踪って、もう少し違う次元の現象のように
僕も思います、です。

投稿者 fuRu : 2006年01月18日 11:42

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