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2005年11月28日

これも「まちなみ」

[風景--landscape,cityscape ]

先日、見学会に参加した
ケアタウン小平に隣接する区画に、このような「まちなみ」がある。

あんな「まちなみ
そして、こんな「まちなみ」。
道路からセットバックしているが、お隣さんとは握手できるような距離。
元々無理のあるスケール感。
そのスケール感は販売価格から逆算されて決められる。
人の生活から推し量られるスケールではないのが痛々しい。
そういう場所で、ケアタウン小平がめざす「大江戸の長屋」、
お醤油の貸し借りのある風景が復活する希望も少なく
無理のあるスケール感の中に、人と人の距離は、無理矢理押し込められ、
それ故壁は厚くなる、心の塀は高くなる、
なんて考え始めると暗くなるからやめよう。

ともかく、僕の中で、この風景は
セイタカアワダチソウが群雄割拠する風景と通底している。

採集地:小平

投稿者 yasushi_furukawa : 2005年11月28日 09:45

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コメント

この街に住むより、カシュガルの街の方が住みたいと思わせますね。
同じ連続性の街並みでもイギリスなどとは何でこうも違うのでしょうか。

投稿者 中里一雄 : 2005年11月29日 12:12

まあ、整然として綺麗~♪っていうより、単純に「怖い」って思っちゃうのって・・・・ううむ。

投稿者 kazoo : 2005年11月29日 15:24

中里さん
たぶん、作り手の方ではなくて
住まい手の方が、街ぐるみでおつきあいなんて面倒くさいとか感じている、
そういうことが、こういう「かたち」を生んでいるのかなと、ちょっと思いました。
開いているようで、それぞれがとっても閉じているという「かたち」です。
そういう人にとっては、こういう場所は、あながち牢獄でもないのかな、とか。
僕は、絶対にいやですけれどもね。

kazooさん
「怖い」っていうのは、みんな同じだからでしょうね。
でも、みんな同じのを「安心」と思う人もいるのでしょう。
僕は「怖い」と思いますけれどもね。

投稿者 fuRu : 2005年11月29日 18:56

イギリスのチェスターにもこんな町並みがありました。ヨーロッパのワーカーズハウスとか。昔は皆同じ工場に働いていて近所づきあいがありました。今は若者がフラットメイトと借りて1ハウスに3-4人がシェアーして住んで近所づきあいもあるそうです。同じ家だと間取りとか家具とかどういう風においてるのかな?と興味でてきますよね。でもそこで近所づきあいをしないと不自然な気もします。お付き合いを適当にするのが苦手な日本では「全くしない」か「深いお付き合いをする」かに分かれてしまうのかも知れません。残念です。

投稿者 kj : 2005年12月03日 16:15

kjさん
コメントでふれていただいているように、この「まちなみ」は、たぶん、チェスターの「まちなみ」をお手本にしているのでしょうが、かたちだけという感がぬぐいきれません。
でも、こんな記事を書いておいてなんなんですが、僕は、けっこう住まい手力というか、そこに住む人たちのタフさというものを信じていたりします。
この用意された「まちなみ」を生かすのは、そういった住まい手のタフさだと思っています。この計画をした人に、そういい意識があるかどうかは疑わしいですが。

投稿者 fuRu : 2005年12月03日 21:08

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