« sakura_House コマ基礎ーコマの搬入・設置の様子 | メイン | 本家ホームページ 28000アクセス達成! »

2005年07月30日

「ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄」---中山康樹

[books ,ジャズ--jazz ]

「ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄」
著:中山康樹 出版:河出書房新社
amazon

今年はビル・エヴァンス没後25年ということで
ビル・エヴァンスの本がまた出ていた。
書いているのは、マイルス本をやたら連発している中山康樹。
マイルス本同様のあの口調で書いているに違いないと、最初は敬遠していたが
実は違った。

よにあまたある「ビル・エヴァンス本」の数々。
そのどれもが、ビル・エヴァンスについてのそれぞれの思いがつまったエッセイを中心とした
エヴァンス讃歌となっている。

それはそれで、間違っているわけではないのだ。
それぞれの思いはウソ偽りのないそれぞれの真実だろうし
それについて、誰がとやかく言えるものか。

昭和十一年一月二十四日と二十五日の「讀売新聞」に掲載された
「作家の顔」という小林秀雄の小論文に端を発する
小林と正宗白鳥との「思想と実生活論争」がどういうものであったのかはよくわからないが
新潮文庫の「作家の顔」で読むことの出来る小林秀雄の思想は今も生きていると思う。

まずは、トルストイの家出とその病死に思想的な人生の煩悶を読み取った人々。そして、トルストイの家出は実は妻君がこわくて逃げたという事実。正宗白鳥はそんなトルストイの姿にこそ人生の真の姿があるのだと訴える。これに対して小林は、トルストイが彼の作品で表現した思想的世界を、つまらぬ実話に引き寄せてしまって、その本来の意味での力を見失ってしまう恐れを正宗の言葉に突き付けた。

あらゆる思想は実生活から生まれる。しかし生まれて育った思想が遂に実生活に訣別する時が来なかったならば、凡そ思想というものに何んの力があるのか。大作家が現実の私生活に於いて死に、仮構された作家の顔において更生するのはその時だ。或る作家の夢みた作家の顔が、どれほど熱烈なものであろうとも、彼が実生活で器用に振舞う保証とはならない。(「作家の顔」P13)

僕は、この中山氏の本を読んで、まず思い浮かんだのが小林秀雄の言葉だった。
トルストイについて語ること、ドストエフスキーについて語ること。
では、ビル・エヴァンスについて語ることとはいったいどういうことであろう。

中山のこの本ではビルの生活が
とても裕福なものではなく、また、酒とドラッグにおぼれた日々であったことを
淡々と描いている。
たぶん、それこそが、今まで誰も語らなかったビルの真実の姿なのだろう。
そして、そうしたビルの姿を思い描く時に
彼が音楽として残した「世界の豊かさ」と、彼の実生活との絶対的な差を僕らはどのように受け止めたら良いのか。
もちろん、僕はここで小林秀雄に従おうとしている。
ビルの残した「世界の豊かさ」は、彼の実人生の貧困さによって
いささかもゆがめられてしまうものではない。
僕は、じっとビルの残してくれたレコードを聴くだけだ。
ビル・エヴァンスという存在は彼が残したレコードの中にしかない。

一方、ビル・エヴァンスを、彼のレコードを乗り越えて美化してしまう危険性がある。
先に並べた、ビル・エヴァンス本の多くにより陥る罠がそこに或る。
中山のこの本の存在が強く意識されるのは
商業音楽家として生き続けたビルの姿がリアルに描かれていること。
その姿には甘美な芸術家の姿など微塵もないということ。
それでも、どうしてあれほど豊かな音楽が生まれ続けたのか、
彼が、死の直前までピアノに向かっていたのはどうしてなのか、ということ。
そうした、多くの問いに対しての答えとして
過剰な美化による「ゆがみ」を生じさせないための言葉がそこにはあるからなのだ。

没後25年の年に
ビル・エヴァンスへの関心が高まるとすれば
この本の存在が大切になってくると思う。


※新しいホームページで情報更新中!!

投稿者 furukawa_yasushi : 2005年07月30日 00:00

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://af-site.sub.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/555

このリストは、次のエントリーを参照しています: 「ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄」---中山康樹:

» You Must Believe In Spring (Bill Evans) from 楽しい音楽を聴く♪
Jazz-Piano-Piano Trio : ★★★★★ You Must Believe in Spring 破滅的な美の表現 ビル・エ... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年12月28日 22:54

» ビル・エヴァンス (Bill Evans) from 楽しい音楽を聴く♪
ビル・エヴァンス (Bill Evans)ジャズ ピアニスト 作編曲家ビル・エヴァンス(1929~1980)は米ニュージャージー州の プレインフィールドで生まれ... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年12月29日 22:47

» 『ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄』/中山 康樹 (著) from 1日1曲!Happy音楽マガジン
天才ジャズピアニスト。 この言葉を聞いて誰もが思い浮かべるのは、ほとんどの人が... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2006年03月19日 19:24