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2004年09月04日

「「自分の木」の下で」--大江健三郎

[books ]

「「自分の木」の下で」  大江健三郎 著
朝日新聞社  ISBN4-02-257639-1  定価 1200円+税

大江健三郎が初めて子供たちの為に書いたエッセイ。
ただし、この本がもっているメッセージは
子供だけに向けられてはいません。
本書のなかで大江さんが言っているように
「大人の自分の中に子供の時の自分がずっとつながっている」ということが
この本を通しての通奏低音になっています。

この本には16のエッセイがおさめられています。
そのうちのいくつかについて感想のようなものを書きたいと思います。

・「なぜ子供は学校に行かねばならないのか」
著者が、戦中から戦後にかけて劇的に変わってしまったイデオロギーのその断絶について、誰も知らないふりをしている、そんな戦後の世の中で、その矛盾を精いっぱい受け入れようとした、その結果としての表現といってもいい、今でいう登校拒否の行動を取っていた時に
山中で発熱し、生死をさまようような体験をします。
----自分は死んでしまうのだろうか・・・・・
----もしあなたが死んでも、私がもう一度、生んであげるから、大丈夫。
----・・・けれども、その子供は、いま死んでゆく僕とは違う子供でしょう?
----いいえ、同じですよ、と母は言いました。私から生まれて、あなたがいままで見たり聞いたりしたこと、読んだこと、自分でしてきたこと、それを全部新しいあなたに話してあげます。それから、いまのあなたが知っている言葉を、新しいあなたも話すことになるのだから、ふたりの子供はすっかり同じですよ。
この不思議な体験と、母の言葉を通して
「死と再生」という、世代を超えてつながってゆくことが語られます。
自分の子供が養護学級で友達をつくる様子。
そこにも、人と人がつながってゆくことが語られています。
人と人とがつながってゆくこと、あるはその為の言葉、音楽等々。
それらを学ぶ場としての学校ということ。

・「どうして生きてきたのですか?」
谷間の人にはそれぞれ「自分の木」と決められている樹木が森の高みにある・・・。
たまたま「自分の木」の下に立っていると、年をとってしまった自分に会うことがある。
大江さんは「自分の木」の下に立ち、年老いた自分に向かって
----どうして生きてきたのですか?
と質問をしたいと思いました。
そしていま、年老いてみて、少年の自分からのその質問に答えるために
自分は小説を書いてきたのではないか、と思ったそうです。
それから、子供たちに向けて「自分の木」の下で直接話をするように書きたいと思ったそうです。
それがこの本が生まれるきっかけです。
大江さんはドイツの日本人学校で
子供たちの作文を手なおししました。
大江さんは「添削」とか「推敲」という言葉を使いません。
「エラボレーション」--elaboration という言葉を使います。
辞書を引くと
1、骨を折ってしあげること
2、手の込んでいること、精巧さ、綿密さ
3、苦心の作、労作
などとあります。
大江さんは子供たちと一緒に文章をつくりあげてゆく、磨き上げてゆく
そういう作業として「elaboration」という言葉を使っています。
小沢征爾さんがオーケストラを指導している様子がまさにエラボレーションの好例であることにもふれられています。
僕のブログでも別のエントリーで
「武満徹のエラボレーション」についてふれたことがあります。
「武満徹のエラボレーション」
そこで大江さんが語っていたのは、武満徹さんが自分の作品を磨き上げるように作曲していたこと、
その仕事は、音楽と小説というまったく違ったジャンルではあるけれども、自分の仕事にも影響を与え、お互い影響を与え、そして互いに自分の仕事を磨き上げるようにすすめてきたこと。その相互関係が大切だということ、でした。
大江さんのエラボレーションは、上からの一方的な力によるものではなく、相互関係を大切にして、お互いに創造してゆくということです。
僕の仕事である設計、特に住宅の設計では、住まい手とのエラボレーション(大江さんの言う)によってすすめることが大切であると考えていたので、とても印象深いものを感じました。
そして、「生きる」ということと「つながる」ということが、深く共鳴している、そういう世界観に、僕も強い共感を覚えます。

さて、この本ですが、その他に「うわさへの抵抗力」というエッセイなど、多くの人に読んで欲しいメッセージがたくさん詰まっています。
アマゾンで調べると 大江健三郎さんの本では一番売れているようです。
「同時代ゲーム」を読み切れなかったひとも(僕もそうですが)
大江さんの、語りかけるような口調のこの本は、素晴らしいメッセージが込められていていますので、
ぜひ読んで欲しい、
さらに多くの人に読んで欲しい、と思った本です。


※新しいホームページで情報更新中!!

投稿者 furukawa_yasushi : 2004年09月04日 11:02

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大江健三郎著の講演集。 昨年の秋に本屋の店頭に平積みされていたこの本。af_blogの主、fuRuさんのエントリーで知った、同作家の別の講演集“「自分の木... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年04月29日 12:12

コメント

語源が気になったので、調べてみました。ELABORATE : EL + LABORATE
EL- は、EN- (の中に) と同じくであり Lの前の形。一方 LABORATE は LABOR が源。
LABORは「労働する」「精を出す」「努める」の意味ですが、名詞では、「労働」「仕事」・・そして産みの苦しみである「陣痛」の意味があります。「出産」という「創造」に欠かす事のできない過程。 今 考え続けているのが EN- の
意味です。 少なくとも COLLABORATE ではない EN- の深い意味があるのではと。

投稿者 いのうえ : 2004年09月19日 21:24

いのうえさん こんにちは
先日はカフェ杏奴でお会い出来て光栄でした。
ところで、英語に疎いぼくからの質問ですが
elaboration という言葉は
英語圏で日常的に使う言葉なのでしょうか?
それとも、ちょっと学術的とかそう言う感じで使われる場所がわりと限定されているのでしょうか。
そのへん、ちょっと知りたいと思いました。

投稿者 古川泰司 : 2004年09月21日 10:56

"Elaboration(s)"は概念をあらわす抽象的な言葉ですから、 「犬」「歩く」「棒」「当たる」のように煩雑に日常的には使われないと思います。 ただし、研究者の学術論文だけに使われるのかと言うとそうではないでしょうね。Yahoo! のAmerica 版で検索するとたくさんのサイトがこの言葉を使ってます。 英語の概念には日本語に訳しきれないものが多々あります。 たとえば 大江氏はこの本の中で、「原則」と言う言葉を使っていますがなかなか理解しにくいですよね。 これは明らかに 英語の ”Principle(s)” の事を言っていると想像されます。 この単語もアメリカではとても使われるのです。日本語に訳しきれないと言うのは、物事の考え方、組み立て方の違いや、 思考する主体としての自我の確立の有無の問題があると思われるのです。

投稿者 いのうえ : 2004年09月21日 13:53

いのうえさん
さっそくのお返事ありがとうございます。
言葉の壁、それは文化の違いとでも言うのでしょうか。
確かに、外国人の中で生活している時と
日本人の中で暮らしている時では、何だかちょっと具合が違うぞ
と、そういう経験があります。
言葉が生活やいろいろな基盤をささえていると同時に
自分自身のいろいろなこと、考え方や気質までささえているのだなと思いました。

投稿者 古川泰司 : 2004年09月21日 14:11

ELABORATE について :
EN- + LABORATE ではなく
E ( = EX = OUT ) + LABORATE であるということが判明しました。 IN と OUTでは、全く逆ですね。 大変失礼しました。 それであれば、Merriam-Webster Online の以下の説明

1: to produce by labor
2: to build up from simple ingredients
3: to work out in detail : DEVELOP

に納得がいく。 長野県の高原で小沢征爾氏が若い方々と演奏を作り上げていく現場に立ち会った大江健三郎氏の感動。 それは 若い演奏家が 小沢さんの「 導き」によって「気づき」を促され、より優れたものとわかる音楽を自分で「作り出し」 「仕上げて」いく。 作り出すのは 若い演奏家たちであること。 それを「促す」 助産婦の役割を小沢さんが行っていると理解しました。 身近なところでは コーチングと呼ばれている手法ですね。これは「普遍的無意識」で繋がっているとされるコーチする側とされる側が、未来質問(どんな音楽を作りたいの?)などを介して答えを見つけていく方法です。

投稿者 いのうえ : 2004年09月22日 12:09

ふるかわさん こんにちは。 このエントリーをまたまた 復活させるべく コメントさせて頂きます。 昨日 若者二人と下落合で飲む機会がありました。一人は時代の先端を行く企業で毎日激務をこなしている勤労女性のTさん。もう一人はT大学大学院生 兼シンガーソングライターのU君です。 二人は沖縄の高校時代の同級生で卒業後はそれぞれ離れた別々の大学へ進学します。無事卒業後、Tさんは東京の大企業に就職し、U君は関東地方の土浦の隣町に有る大学の院生として上京, Tさんと高校以来の再会をします。しばらく話しているうちにTさんは U君に 「私 今 恋をしているの。」と告白を始めます・・・ 

えっ、大江健三郎や エラボレーションと全く関係ないじゃんってお考えですね。 それではこのつづきはまたあした・・・  おやすみなさい。

投稿者 いのうえ : 2004年11月01日 00:07

さて、寝ようかなと思ってチェックしたら
なんと いのうえさんのコメント。
それも、つづきがある・・・・。
漂白のブロガーだあ。
蛇足ながら、コメントで連載するというのもありかと思ってしましました。つづきに期待。

投稿者 古川泰司 : 2004年11月01日 00:12

いやいや、おそくなりました。 おばんです。
では、昨日の物語の続きです。


Tさんは 相談相手のU君に 「私 今 恋をしているの。」と告白を始めます・・・  

Tさんは、遠くを見つめるようなまなざしで続けました。「そうなの、恋をしているの ・ ・ ・   あのチャイに。 あのカリカリマドレーヌに。」 なーんだ、良いお店が見つかったと言う事か、と U君は思いました。 が、Tさんの尋常でないその惚れ込みように「なんでそこまで?」 と強い好奇心が沸いてきました。 決してお店の名前も場所も言わないTさんから、断片的な情報をそれとなく聞き出しながら、得意の学術的な分析も繰り出して、U君はついにそのお店を見つけ出します。 そして、 Tさんには全く内緒で ある日、そのお店、C.A** を訪ねたのです.。

は~い、 きょうはここまで。 つづきはまたあした。  おやすみなさい。

投稿者 いのうえ : 2004年11月02日 00:24

おはようございます。 続きです。

C.A**を 訪れた U君はその店内や、店主の立ち居振舞い、 メニューや置いてある本、営業時間などをくまなく仔細にノートしました。(もちろんU君もその店を大変気に入ったのですが。)
そしてU君は同級生Tさんの感動のポイントと、自分自身でお店を訪れ調べた多くのポイントとを付け合せてみます。 なにがTさんをそんなに感動させたのか? そしてついにある日、二人はC.A**で出会うことになるのです。 

ある昼下がり、Tさんがお店の二階で静かにチャイを飲んでいると 入り口から見覚えのある若者が のそりとはいってきました。
Tさんはとても動揺し、怒りました。 何であなたが私の秘密の場所を知ってるの? 何であなたがここにくるの? 2,3メートルも離れていない席からTさんは激怒のメールをU君に飛ばしました。 

投稿者 いのうえ : 2004年11月03日 11:44

おっと、意外な展開です。

投稿者 古川泰司 : 2004年11月03日 11:58

さて・・・

Tさんよりの激怒メールを受けたU君はというときわめて冷静沈着。まるでなにもなかったかのごとく、ショートヘアがよく似合うお店のママさんに温かいチャイを注文します。 Tさんはせっかく内緒にしておいた秘密のこの場所をU君に探し当てられご機嫌斜め。でも事情を知っているママさんはにこにこ。 やっと 落ち着きを取り戻したTさんは U君に次のような釘をさします。

「他の人にはC.A**の存在を、Tさんの許可なくして知らせない事。」

U君も この約束をしっかりと守って行こうと思いました。 なぜならこの場所C.A**が Tさんにとって 二つとない大切な場所だと言う事を直感したからです。 U君はTさんとこの店の歌を作ろうと思い立ちました。

投稿者 いのうえ : 2004年11月05日 21:05

おやおや・・・・
さらに意外な展開に一同びっくり、って誰だよ、一同って!

投稿者 古川泰司 : 2004年11月05日 21:18

さすが fuRuさん 鋭い突っ込みだあ。 でも
ほおんと いいとこついてますよ~

投稿者 いのうえ : 2004年11月05日 21:52

?????
ともかく、C.A**とか、思わせぶりな伏せ字がでてきますね。
23日のパーティに向けての複線ですか?
謎だ。

投稿者 古川泰司 : 2004年11月06日 00:05

C.A*** というような表記スタイルは 辻○生の作品によく出てきます。 一度 つかってみたかった - ただそれだけ。

投稿者 いのうえ : 2004年11月06日 11:13

さて・・・

雨の多い10月だったけれど、 沖縄出身の素敵な若者二人と もっと語り合いたかった私は妙正寺川沿いにあるバーS**を予約しました。 思いがけずその日は、一日早いハロウィンパーティーが企画されていて、笑顔が素敵なマスターからスタートは8時ですよと知らされていました。

雨の降り止まぬ夜、集合場所のC.A**では7時の閉店時間が近づいてきました。お店にいる客はもう若者二人と私だけでした。 店主であるママさんが 「 U君の歌を聴いて見ませんか? 向こうはまだ開かないんでしょう?」と言ってくれたのを合図に、じゃあ、とU君は停めてある車の中から、音色のよさそうなコンパクトサイズのギターを持ってきました・・・
そして閉店後のC.A**では三人だけの観客を前に、ちいさな、でもとても贅沢なコンサートが始まりました。

投稿者 いのうえ : 2004年11月08日 22:54

さて・・・

雨が降り続く土曜日の夜、U君は 小ぶりのギターを抱いて私たちのまえに腰掛け、そして歌い始めました。
それは 同級生TさんのC.A***への心からの思いを歌にしたものでした。
彼の歌は私の心の奥に深く達しました。
そして思いがけず私の涙腺にも強く作用しました。  
この歌を完成させるため、彼が磨き上げてきた現場を私は見ていません。 しかしその成果として産み落とされたこの歌が決して人工的なお化粧で塗り固めた物でないことは明白でした。
店主であるママさん、Tさん、そしてU君夫々の 心の誠実さ(INTEGRITY ) がお互いに響き合ってできたこの歌。 それを聴く機会は今のところローカルな場所でのコンサートでしかありません。 U君の歌うこの 「火曜日がきらい」を 今このコメントを読んでいただいているあなたにも聞いてもらえたらなあと思ってしまいました。  (完)

投稿者 いのうえ : 2004年11月12日 22:50

それはやっぱり、聞きたいですねえ。
聞かないと「完」とはいかないような気がしますが・・・。

投稿者 古川泰司 : 2004年11月12日 22:53

すってきなエラボレーションでしたねぇ。
感動しました。でっかい愛を感じてしまいました。
(完)じゃなくて、(つづく)じゃないの??

投稿者 some ori : 2004年11月24日 13:23

そうですね  <続く> のほうが素敵ですね。 はなしはそれますが、 明後日 目白の学習院大学にて行われる故辻邦生さんの奥様 佐保子さんの講演を聴きに行きます。 辻邦生展のご案内はこちらです。

http://www.gakushuin.ac.jp/univ/ua/new.html

投稿者 いのうえ : 2004年11月26日 01:46

some oriさん、いのうえさん こんにちは
(つづく)・・・何だかあのお二人、いい感じでしたね。
それはともかく、明日から昔勤めていた設計事務所の30周年記念行事で
伊豆の方に行ってきます。
残念ながら講演会は行けませんね。興味がありますが・・・。

投稿者 fuRu : 2004年11月26日 11:10