« ヒメシャラ | メイン | DEAD MAN---Jim Jarmusch »

2005年06月15日

「鍵のかかった部屋」---ポール・オースター

[books ]

「鍵のかかった部屋」
著:ポール・オースター 訳:柴田元幸 白水Uブックス--海外小説の誘惑
amazon

主人公の元に幼なじみファンショーの妻から手紙が届く。
ファンショーの失踪。そして、彼は自らが残した膨大な未発表の著作を主人公に託すように妻に言っていた。
発表する価値があるかないか。もし、なければすべての原稿は破棄する事。
しかし、原稿は発表され、世間の反響をよぶ。

主人公とファンショーの妻は、お互いに魅かれあい、そしていっしょになる。
ふたりは、ファンショーの原稿を整理し、順次発表する仕事に追われる。
二作目の前払い金は一作目よりも高かった。
そのうち、一作目の印税が入るようになった。

いろんな名目の小切手が突然次々に送られてくるようになった。金銭上の問題はすべて霧散した。その頃起こっているように思えたほかのあらゆることと同じく、これもまた僕にとって新しい経験だった。ここ八、九年のあいだ、僕の人生はたえまない自転車操業だった。僕は一つのけちな記事からまた次のけちな記事へとあたふた走りまわり、たまに一か月か二か月先の生活費を確保できることがあると、それだけでずいぶんありがたい思いがしたものだ。僕の中には心配が植えつけられていた。それは僕の血液の一部、それこそ血球そのものだった。今月のガス代が払えるだろうかなどと考えたりせずに呼吸するということがどういうものなのか、もうほとんど忘れてしまっていた。そしていま、自ら生計をたてるようになって以来はじめて、もうそんなことを思い煩わなくて良いのだという事実に僕は気がついた。

自営業者は自転車操業を余儀なくされる。
例えば、僕らのような設計事務所なんてその良い例だ。
一つ一つ依頼された仕事を成し遂げて報酬を得る。
そこには、降って湧いたようなもうけ話なんて存在しない。
いただいた分をきっちりと使い切って仕事は遂行される。
設計事務所で印税生活なんて、そういうのはあるのかな・・・と、この小説を読みながら考えた。
まあ、ありえない。
永遠に自転車操業・・・、うーん、それも・・・である。
まあ、なんとかなるだろう。楽観的でなければやってゆけない。

さて、本題の小説の主人公は
自由になる時間を手に入れた。
仕事に追いかけられるのではなく、自分の意志で自分の書きたいものを書ける時間。
しかし、主人公の筆は止まってしまう。
書けない理由ばかりが頭に浮かんでくる。

そして、主人公はきっかけを与えられる。
ファンショーの伝記を書くという役目。
しかし、その作業を通して、すべては失われてゆく。そして・・・。

オースターの小説には、自らの体験を下敷きにした描写が多い。
自転車操業の文筆家というのも自らの経験によるものだろう。
だから、とてもリアルだ。
リアルであるがゆえに、同じ自転車操業の僕の心をとらえる。

日々の生活。日々の糧を得るために働く事。
それこそリアリティのある労働だ。

オースターの小説が僕を魅了するのは
生きるということ、生活するということへの
対峙の仕方に強く共感できるからだと思う。
その眼差しに強く共感できるのだ。
この「鍵のかかった部屋」も、オースターの魅力で溢れている。

<蛇足>
邦訳されているオースターの小説はこれで全部読んでしまった。
年代順で行くと
「孤独の発明」
「シティ・オブ・グラス」
「幽霊たち」
「鍵のかかった部屋」
最後の物たちの国で
ムーン・パレス
「偶然の音楽」
「リバイアサン」
ミスター・ヴァーティゴ
となる。
これらの作品で展開されている
「言葉」「物語」を既成の形式から意図的にずらしてゆくオースターの方法は
それだけで大変に面白い。
それは、今の時代の新しい形式を模索するオースター流の試みなのだ。
そういう意味でも、同時代的に注目してゆきたい大切な作家のひとりである。

<蛇足-2>
仲俣 暁生さんのこの小説の論考
「鍵のかかった部屋」をいかに解体するか


※新しいホームページで情報更新中!!

投稿者 furukawa_yasushi : 2005年06月15日 14:29

コメント

自転車操業の私といたしましても、読んでみたくなりました。
図書館にあるかな〜?
fuRuさんの本てものすごい量では?

投稿者 reirei : 2005年06月16日 12:46

あああ、reireiさん
この本と自転車操業は直接は関係ありません。
小説の一部を構成する描写として、そういう場面があったくらいに考えてください。
(まぎらわしい記事ですね。ぺこり。おわびいたします。)
それから、もし、オースターを読むのが初めてでしたら
「シティ・オブ・グラス」か、「最後の物たちの国」をおすすめします。
この喪失感、くせになります。嫌いなひとは嫌いかも・・・。

投稿者 fuRu : 2005年06月16日 13:06

はじめまして、うさ、といいます。syo-hyoさんのブログから飛んできました。
ビリー・ホリディのことを書かれていましたが、私も大好きです。
大好きな曲をそのままブログのタイトルにしてしまいました。

オースター、好きです。今こつこつ読んでいっているところです。
「鍵のかかった部屋」は図書館で、予約待ちです。
オースター人気あるんだなぁと驚きました。

これからも覗かせていただきます。

投稿者 うさ。 : 2005年06月19日 22:09

うさ さん はじめまして。
コメントありがとうございます。
オースターの魅力についていろいろ考えています。
ところで、うささんはジャームッシュの「デッドマン」は観られたことはありますか?
「デッドマン」の主人公は、名前をウイリアムブレイクと言って、有名な詩人と同じです。
そういう名前の置き換えというか、「名前」というものについての接しかたが
ジャームッシュとオースターにとても近いものを感じるんですよね。
いつか、その辺のことは書いてみたいと思っています。
これからも、よろしくお願いします。

投稿者 fuRu : 2005年06月19日 23:20

fuRuさん、
お久しぶりです。このたび「偶然の音楽」「リヴァイアサン」そして「鍵のかかった部屋」の三つの記事をまとめて書きました。前者二作品から、オースター初期の「鍵のかかった部屋」へ遡ることで、この「鍵の〜」が初めて理解できたような気がしたわけなんです。本当、オースターはおもしろいです!^^

投稿者 -hiraku- : 2006年03月19日 01:40

-hiraku-さん
コメントとTBありがとうございます。
貴ブログの記事を読ませていただきました。
僕には、まだまだちゃんとした言葉に出来ない感じです。
僕にとってオースターは、最近の村上春樹と同じく
なかなか分析の対象になりにくい部分があります。
たぶん、メタ言語的なメッセージがそこにあって
そのメッセージを言語化するのに手間取っているのかなというところです。
こういう作家が同時代にいてくれて、その世界にふれることが出来るのは
なにとも代え難い喜びですよね。

投稿者 fuRu : 2006年03月19日 21:22

はじめまして。遠江と申します。
トラックバックさせていただきました。

何度か楽しく拝見させていただいて、好きな本の好みが似ているなぁと勝手に思っていたのですが、大好きなポール・オースターの記事に寄せてTBしてみました。もしよかったら、うちのブログのお気に入りに追加させていただけたらうれしいです。

投稿者 遠江 : 2006年05月01日 10:52

遠江さま
コメントならびにTBありがとうございます。
遠江さんの記事、面白かったです。
こちらからもリンクさせていただきますね。
P.S.
古い記事のコメントについては「最近のコメント」に表示されないようです。

投稿者 fuRu : 2006年05月01日 13:49