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2005年09月16日

「東京奇譚集」---村上春樹

[books ]

「東京奇譚集」
著:村上春樹 出版:新潮社
amazon

アフターダーク」からちょうど一年。
雑誌「新潮」に連載された4つの短編に一遍の書き下ろしを加えた本書が刊行された。
15日発売だけれども14日の夕方には書店に積まれていたのをさっそく購入。
その日のうちに読了。
読了後、「アフターダーク」でかわされた、マリと高橋のこの会話をすぐに思い出した。

「何かを本当にクリエイトするって、具体的にいうとどういうことなの?」 「そうだな・・・音楽を深く心に届かせることによって、こちらの身体も物理的にいくらかすっと移動し、それと同時に、聴いている方の身体も物理的にいくらかすっと移動する。そういう共有的な状態を生み出すことだ。たぶん。」

村上ワールドは、さらに一歩も二歩も深遠な場所に、僕らを連れて行ってくれる。
読んだあとに「物理的にいくらかすっと移動」した感覚になる小説集。とっても、不思議な余韻をもった小説集。

収録されているのは
「偶然の旅人」
「ハナレイ・ベイ」
「どこであれそれが見つかりそうな場所で」
日々移動する腎臓のかたちをした石
「品川猿」

東京奇譚集 公式HP

<以下、内容にふれます>

最初の「偶然の旅人」にはびっくりした。
なんてったって、村上春樹自身が登場する。
大橋歩さんの「アルネ」という雑誌に自宅を公開したり
ちょっと、以前とは変わってきたなと思っていたら、この話の書き始めに本人が出てくる。
これには驚きだ。(トミー・フラナガンの話もおどろきだけれど)

「ハナレイ・ベイ」には、一番、心揺さぶられた。
みずからの子供のことを人間として好きになれないという母親。
しかし、その子はハワイの海で鮫に片足を食いちぎられたショックで溺死してしまう。
そして、その姿は幽霊となり、日本からやってきた今風なとっぽい兄ちゃんに目撃される。
自分には見えないのに。
人間として好きになれるかどうかということと、親子ということは全くリンクしないと言う無常。
そして、世代を隔てる溝が巧みな文体で描かれる。
それは、世代の溝だけでなく、親子の溝、社会の溝、自然と人間の溝。
その溝にそおっと近寄っていって覗き込むこと。
「ねじ巻き鳥」以降の村上作品には、溝を覗き込むことを強要するようなところがある。
戦時中の残忍な話や、猫を虐殺するシーン。そうした、目を背けたくなるような描写が小説のなかで重要な役割を与えられている。それは、とりもなおさず、僕らが抱えてしまっている「溝」について語ることを避けては通れないものとして、小説家として引き受けてゆくということだと思う。
そうした、とてつもなく深い溝が、この短編には、さらりとした筆で描かれている。

「どこであれそれが見つかりそうな場所で」は、高層マンションの階段室という密室空間が印象的だ。
探偵小説のような展開も魅力的だ。
探偵を引き受けた男が求めていたものはいったいなんだったのだろうか?
階段室にさりげなく掛けられている、本当の自分よりもちょっと愉快そうな自分を映してくれる鏡。
本当の自分を失ってしまうこと。記憶喪失。みずからの消滅。

「日々移動する腎臓のかたちをした石」は、綱渡りをするキリエが、風を受け入れることを語ることが印象的だ。
「職業というのは本来は愛の行為なんだ」という淳平の言葉はとてもすてきだ。
そして、ラストの3行で、僕らはみずからのいる場所を、ほんのすこし移動させられる。

「品川猿」は、都内の地下に生息している、言葉をしゃべる猿が「名前」を盗む。
人はみずからの「名前」を引き受けて生きている。
それは、同時に、自らそのものを引き受けて生きているということだ。
親に愛されようが愛されまいが、兄弟に愛されようが愛されまいが、
その「名前」のもと、そのままの自分を引き受けて生きている。
いや、生きてゆかなくてはならない。生きてゆくべきものなのだ。

さて、こういう話は荒唐無稽だろうか?
僕には、下手なリアリズムよりもよほどリアルな世界を
この小説集から感じることが出来た。
とにかく、多くの人におすすめ出来る一冊である。

投稿者 yasushi_furukawa : 2005年09月16日 00:00

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コメント

さすが!
早速、感想をアップされてますね。

「偶然の旅人」は、『回転木馬のデッド・ヒート』を連想させます。
『回転木馬~』はムラカミではなく、確か僕でしたね。

この本で、今の時点で印象に残ってるのは、
・品川猿の猿がみずきに話したことば(母と姉のこと)
・日々移動する~の風の描写
です。

雑誌でなく、あらためて本で読むと結構はまったので。
早くも2回目読了しました。

では、またっ!

投稿者 金の猿 : 2005年09月18日 06:34

金の猿さん こんにちは

「偶然の旅人」は「海辺のカフカ」の大島さんがもっている独特な空気をすぐに連想してしまいました。
まるきり、べたですが。

金の猿さんのいわれるように
「日々移動する・・・」の「風」というのは、とても印象的ですね。
「風の歌を聴け」から、村上ワールドのなかでいろいろ姿を変えて「風」は登場してきていると思いますが
「日々移動する・・・」は、いままでなかったように、とってもストレートに「風」を表現していると感じました。

雑誌と単行本というのは、不思議ですね。
全く同じ文章なのに、自分のなかの何か、小説の印象の受け取りかたが
微妙に違っているのを感じました。
これも、雑誌で読んでいたからですね。

それから、僕にとっても「東京奇譚」は「あたり」です。
繰り返し読んでしまう小説です。

投稿者 fuRu : 2005年09月18日 10:36

はじめまして。
「東京奇譚集」での検索から、ここを知りました。

トミー・フラナガンの話はほんとうに驚きです。
この部分だけは、創作じゃないことを願ってしまいます。なぜだか。

ぼくにとっても今回の短編集は「あたり」です。
つたない感想ですが、TBさせていただきました。

投稿者 tetsuzo : 2005年09月22日 11:40

tetsuzoさん コメントとTB、ありがとうございます。
トミー・フラナガンの話は、絶対にほんとうでしょうね。
そんなところで、創作してもしょうがないと思いますから。

「品川猿」に限らず、村上作品には「名前」が特別な次元で語られることが多いですよね。
tetsuzoさんの「名前」に関する考察、興味深く読ませていただきました。

投稿者 fuRu : 2005年09月22日 13:14

なるほど、きちんとお読みになっていらっしゃいますね。私の軽い読み方が恥ずかしいようです。今後も同じホンを読んだらよろしくお願いします。ときどき訪問させていただきます。

投稿者 saheizi-inokori : 2005年10月03日 08:04

saheizi-inokori さん
TBありがとうございます。
>なるほど、きちんとお読みになって
いやいや、お恥ずかしい。
しょせんただの村上春樹好きの素人ですからしれたものです。
こちらこそ、これからもよろしくお願いします。

投稿者 fuRu : 2005年10月03日 10:15

はじめまして古木33と申します。検索から辿り着きました。
本筋とはズレている私の感想で申し訳ないんですが、のちほどTBさせていただきますm(__)m

投稿者 古木33 : 2005年11月03日 21:27

古木33さん はじめまして
TBとコメントありがとうございました。
3人の女性ですね。
男なら気になる言葉ですよね。
これについては、別の記事で書いていますのでそちらもご覧になってください。
http://af-site.sub.jp/blog/archives/2005/06/post_318.html
競馬関係のブログをやっておられる方は、時々おられますね。
僕は、競馬はやったことがありませんが、いつかは馬券を買って競馬場で競走馬たちの競演を見てみたいと思っています。

投稿者 fuRu : 2005年11月04日 09:15

furuさん こんにちは、ご無沙汰しております。
遅ればせながら昨日読んでみました。僕の薄っぺらな感想に比べ的確なコメントはすばらしいです。
ほんとにありそうな世界、現代のおとぎ話かもしれませんね(外していたら失礼)。

投稿者 カーク : 2005年11月07日 20:41

カークさんも
村上春樹を読まれるんですね。
こちらからもTBさせていただきました。

カークさんもおっしゃるとおり、現代のおとぎ話ですよね。
でも、なんだかリアルな不思議な世界です。

投稿者 fuRu : 2005年11月08日 09:37

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