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2005年12月03日

「意味がなければスイングはない」---村上春樹

[books ,ジャズ--jazz ,音楽--music ]

「意味がなければスイングはない」
著:村上春樹 出版:文芸春秋社
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村上春樹の新刊エッセイ。
季刊「ステレオサウンド」に連載されていたものが一冊の本になって出版されました。
かねてから、音楽についてのまとまった文章を書いてみたかったと語る
皆さんご承知の音楽好きであるところの村上春樹さんの、音楽への思いの丈が語られています。
シューベルトのピアノソナタは「海辺のカフカ」でも出てきたなあとか、
ブルース・スプリングスティーンのこと、
ブライアン・ウイルソンとビーチ・ボーイズのこと、
へそ曲がりなウイントン・マルサリス論。
などなど、どれも、興味深い内容のものばかりですが、
スタン・ゲッツについて語る村上の言葉が特に僕の胸に響きました。

本を手にして最初に読み始めたのがスタン・ゲッツでした。
それは、かねてから村上春樹がスタン・ゲッツの音楽について、ことあるごとに触れていたからであるし、
同時に僕もスタン・ゲッツの音楽に魅せられていたからなんだけれども、
ここで描かれているのは
ボサノバでブレイクした60年代のゲッツではありません。
クールでホットな自由自在のアドリブで人びとを魅了した1950年代。
特に二つの傑出したライブレコードのゲッツ。
麻薬でぼろぼろになっていたゲッツ。

AT Storyville 1&2(1951年10月28日録音)
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AT THE SHRINE(1954年11月8日、9日録音)
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この二枚のレコードは、村上春樹にとってそうであるように(たぶん)、僕にとってもスタン・ゲッツそのものです。
僕は、ボサノバのゲッツはあんまり聞かないけれども、この二枚のライブはよく手に取ってしまいます。
そこにある、輝きやひらめきは他にはないものだと思うのです。
そして、切なさ、翳り、薄暗くくすんだ空気。
楽しげなフレーズの中にある陰。
ユトリロの絵画にあるような、白いけれども白くない白。
言葉にならない、僕の心の奥の、とても深いところにあるような「なにか」と共鳴している音。

スタンゲッツの魅力について、特にこの二枚のレコードについて、
いつかは何か書いてみたいと思っていたのですが
村上春樹の言葉は、それを補ってあまりあるものでした。
このエッセイを読むだけでもこの本の価値はある、と思います。

特に麻薬の悪趣からの復帰作として
あらためてシュラインでのライブに耳を傾ければ
村上春樹も指摘しているように、ゲッツの復帰を暖かく迎え入れる聴衆の笑顔がCDからこぼれてくるようです。
そこには、ジャズがジャズであった時代の空気がちゃんと存在しているのです。
それは、スタン・ゲッツという比類のないパフォーマーの体をとおして
僕らの前に50年近くたった今でも立ち現れてくるのです。

音楽について語ること。
そして、語られた言葉をたどることのその喜び。
音楽は、僕らの体の一部となって、言葉という姿を身にまとうのです。
僕の話はスタン・ゲッツのことに終始してしまったけれども
この本は、村上春樹の音楽への思いが、等身大で伝わる好著だと思います。


※新しいホームページで情報更新中!!

投稿者 furukawa_yasushi : 2005年12月03日 01:15

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» 村上春樹 意味がなければスイングはない from 本の海のアストロラーベ
フルカワさん、こんばんは。 わたしもこのエッセイ読んだのですが、スタン・ゲッツについての感じ方の相違が興味深かったです。 [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年12月04日 20:18

» 村上春樹『意味がなければスイングはない』 from kumac's Jazz
 村上春樹が東京の国分寺でジャズ喫茶「ピーター・キャット」を経営していたことは、誰でも知っていることですね。その、文学界随一ともいえるジャズとの親密度を有する大... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年12月10日 06:16

» スタン・ゲッツ (Stan Getz) from 楽しい音楽を聴く♪
スタン・ゲッツ (Stan Getz) ジャズ テナーサックス奏者 スタン・ゲッツ(1927~1991)は米フィラデルフィア生まれ。15才 の時にジャズの世界... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年12月12日 08:56

コメント

ステレオサウンドに載っている時から全てではありませんが、楽しみにしていました。ビーチボーイズやスガシカオについての話を覚えています。まとまって読めるようになるといいなと思っていました。
本になったのですね。教えてもらわなければ気が付かなかったかも知れません。
大学の頃、短篇集のファンでした。ちょっと格好をつけてる所があって人に言うのは恥ずかしい気がしました。
大作家になってからの厚くて重い本は敬遠してます。こんども薄い本だといいな。
大学の一年の時、(もう一人の村上の芥川賞で大騒ぎしていた頃です)彼の店は国分寺の南口、坂を下ったあたりの地下にありました。ピーターキャットというネコの置き物だらけの店でした。
次の年、千駄ヶ谷の神社の手前、外階段を上がった二階に移りました。秩父宮にラグビーの試合を見に行った後、ロールキャベツを食べに良く寄りました。

投稿者 kawa : 2005年12月05日 14:11

kawaさん こんにちは
デジカメではお世話になりました。
http://af-site.sub.jp/blog/archives/2005/09/caplio_gx8.html
僕も「ステレオサウンド」を見つけては読んでいたのですが
なにせ季刊誌というやつは、発売日をチェックするのも大変で、ほとんど見逃してしまっていました。
ビーチ・ボーイズの話は良いですよね。
スガシカオについてはちょっとコメントを控えさせていただきます(笑)。
10編のエッセイは、長からず短からずちょうど良い長さだと思います。
一話読みきりですから(あたりまえですが)、気安く入り込めると思います。
村上さんのお店ですが、僕が大学に入ったときにはそのお店はたぶんもうなかったんですね。
kawaさんは行かれたんですね。なんだかちょっとうらやましい。
ちなみに、僕の村上初体験は大学二年の時に「1973年のピンボール」でした。
もちろん文庫本です。

投稿者 fuRu : 2005年12月05日 14:37

千駄ヶ谷の店も私が学校を出て暫くした頃には、人に譲ったようでした。店はそのままでしたが彼はもういませんでした。でもその後も外苑あたりで彼をよく見かけました。実は何があった訳でもないのですが、羨ましいなどと言ってもらうと急に自慢がしたくなりました。

投稿者 kawa : 2005年12月05日 22:30

kawaさん
実は、僕は村上春樹の実物に遭遇したことがないのです。
それがどうした、ということですが。
ちなみに、千駄ヶ谷からは「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を連想します。
国分寺を連想させる小説はあったかな?どうだろう。

投稿者 fuRu : 2005年12月05日 23:16

今はもうそんなことも無いのでしょうが、国分寺の南口、それも坂を下りたあたりは、本当に不思議な所でした。大きな資本が入って来ても成り立たない、でも大して儲からなくても構わない、変人の気紛れなら成り立つ、そんなお店がいくつもありました。

投稿者 kawa : 2005年12月07日 16:24

そういえば
僕がうろうろしていたときにも
「ほんやら堂」とかありましたね。

投稿者 fuRu : 2005年12月07日 16:29

私はこれ、スガシカオのところを読みたくて図書館で借りたんです。
でも、買いたくなっちゃいました。なんだか、読むのに時間かかっちゃうんですよね・・・

スガさん好きじゃないんですか??
私はファンなんです。
それで、読んだら嬉しくなってきちゃって、毎日聞いてます。
あと、アルネに自邸のってましたねえ。
あれ見て、惚れ直しちゃった。ほんとステキな人ですー。

投稿者 コメイノチ : 2006年04月13日 23:22

あれから、ぼくたちは〜♪
よく唄いました。
日本的なことをあえて反対にやっているところが良いと思います。
でも、残念ながらあんまり聞きません。
この本の中では、一番僕から遠いかも。
うーん、コメイノチさん、残念ですが・・・。

ちなみに、村上春樹が素敵な人かどうかは
謎です。
村上朝日堂などを読んでいる限り、信頼できる人だなとは強く思います。
じゃなきゃ、読まないよね。

投稿者 fuRu : 2006年04月14日 18:33